津本陽の小説「肩の砕き」

5月26日、作家の津本陽さんが亡くなった。

織田信長を描いた「下天は夢か」などの壮大な時代小説を描く一方で、津本さん自身、剣道経験者ということで、剣道に関する作品も数多く残された。そんななかでも、私が特に興味を持って読んだ作品は、昔の侍がどのような剣技を使ったかというところに視点をおいて書かれた作品である。

明治期の剣道の黎明期を描いた「明治撃剣会」、薩摩示現流にまつわる小話をまとめた「薩南示現流 」、剣豪の真剣での立会をリアルに描いた短編集「人斬り剣奥義」などどれもリアルに剣術を再現してくれた。中でも「人斬り剣奥儀」に納められている「肩の砕き」という作品は強く心に残っている。


この作品の主人公は江戸時代の剣豪、白井亨(しらいとおる)という人である。同時代の剣豪の千葉周作らに比べれると知名度は劣るが、逸話も残るほどの剣士である。

そんな彼の若き修行時代からその剣の奥義を極めるまでの半生を短く綴った作品である。題名の「肩の砕き」は、結末がわかってしまって読む意欲を失わせては申し訳ないので詳しくは述べないが、剣の奥儀を極めるためのキーワードである。


この作品では、剣の道を志した白井が良き指導者(作品では兄弟子の寺田五郎右衛門)に導かれ、本道へ歩んでいく姿が描かれている。私はこの作品で白井亨という人物を知るとともに、剣の道にとって師ほど大切なものはないと教えられた。


断片的な昔の資料から、その剣さばきを現代に生きているように描いてくれた津本陽さん。心より感謝いたします。津本陽さんのご冥福を心よりお祈りします。